昔話~親方の話~

工務店で見習い大工として仕事し始めた当時、強面の棟梁の下、現場やら作業場やらで仕事をさせてもらっていました。
 
その棟梁は正に昔気質の職人という感じでしたが、凄い人でした。
 
船大工もしていた事があったり、建売大工をしていた事もあったり、その工務店では社寺仏閣の仕事や造作の家具・建具製作もしたりと、仕事が早くて綺麗というハイブリッドな方でした。
 
本格的な宮大工さんとは違うのですが、立派なお寺の仕事をした時は凄かったです💦
 
軸組の墨付けから刻みまでやる工務店だったのですが、ようあんな屋根できるなと、横で見てて「隅木曲がってるやん〜。無理!そこまでやるつもりない!」と不謹慎に思ってました(笑)
 
この工務店の凄いところが、こんな凄い大工の棟梁が大工仕事以外の事も何でもするって事。
 
外構工事・解体・基礎型枠・外壁サイディング
 
いやいや💦
 
えっ?この棟梁がスコップ持ったりレンガコテ持ってブロック積みとかすんの?
 
この棟梁がラブホテルのオールタイル風呂の解体すんの?みたいなw
 
あのラブホテルは強烈でした。
 
連日部屋毎に分かれて1人3部屋ぐらいは解体したかな?
 
棟梁が給水管割って叫び声が聞こえてきたのは良い思い出です。
 
そんな棟梁だったのですが、仕事は見て覚えろってタイプだったので大変。
 
下手な仕事をすると、そんなもんあっかいや~(怒)
(あかんわ~。駄目や~。(怒)の意味)
 
とは言うものの、何が駄目(あかん)のかは言わない。
 
聞いても教えてくれない。
 
これで良いですか?
 
と聞いても自分が良いと思うなら良いんじゃ(怒)
 
と、取り付く島も無し。
 
何も言われないならOKだし、自分が良いと思うまでしっかりやるのが仕事なんだと捉えて、一生懸命見習ったり、こそっと歳の近い先輩大工さんに色々教わりました(笑)
 
仕事がはかどって機嫌の良い時は鼻歌まじりだったりする人間味のある棟梁でしたけどね😄
 
10時と15時にはしっかり一服して、17時にはボロボロのチャリンコで機嫌良く帰っていく。
 
「ワシなんかは道具無かったらただのおっさんや」と謙遜する。
 
懐かしいな。
 
弟子と親方とはこうである。みたいな昭和的ストーリーですが、良い経験をさせてもらったし、あの時があるから今がある。
 
無愛想な棟梁が、僕が難しい仕事をこなした時「もうお前も年明けやなっ」とボソッと呟いていて、その場で意味が分からなかったのですが、意味が分かった時は本当に嬉しかったです😄
 
あっ、じゃあもう良いわってなもんで設計の仕事に進んだ僕は今思えばすご~く薄情もんですが💦
 
( もちろん、まだまだ実践で覚えていく仕事は山程あるのは分かっていましたが、そもそも職人として一生食っていくというつもりが無かったもので^^;)
 
設計の仕事なんかいつでもできるやろ?って寂しそうに引き止めてくれてたなぁ...。
 
もう10年以上経って、1度も会いに行ってません...。
 
今や職業がなんなのか説明がしにくい状態になっちゃいました。(笑)
 
優しかった先輩大工さんや、棟梁は今も元気かなぁ~?
 
あの仕事のできなかった同期の大工さんも今やバリバリ仕事できる様になってるんかなぁ?
 
ちょっと会いに行ってみようかな?
 
等と考える歳になっちゃったんですね。

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プロフィール

大政 容平
大政 容平エン・ワークス(設計士・宅建士)
大工・2級建築士・宅地建物取引士。1980年生まれ。2児の父(男の子と女の子)。趣味は、ギター・料理・日曜大工。大工は元プロですが(;^_^A。子供は何でも作れると思っちゃってます。建築・デザインが好きで、リフォームや新築も承ります。(100棟超の新築住宅設計)ブログもやってますので、見てみて下さいね♪

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